最低賃金がどうやって決まるか、ご存知でしょうか。
実はこの仕組み、3つの段階を踏んで決まっていきます。
①国が目安を示す → ②各都道府県が金額を決める → ③労働局長が発表する
まず国(中央最低賃金審議会)が「今年は全国でだいたいこれくらい上げましょう」という目安を示します。
次に、各都道府県の審議会がその目安を参考にしながら、地域の実情に合わせて実際の金額を決めます。
最後に各都道府県の労働局長が「いくらに、いつから上げるか」を正式に発表する、という流れです。
2025年度(令和7年度)は、この「目安」が過去最大でした。
地域はA、B、Cランクの3つに分けられますが、A、Bランクが63円、Cランクが64円という、これまでにない引上げ額が示されたのです。
これを受けて、39の道府県が目安以上の引上げに踏み切りました。
なかには10円以上上乗せした県もあります。
東京と秋田、対照的な2つの決着
分かりやすい例として、東京と秋田を比べてみましょう。
東京は、目安どおり63円引き上げて時給1,226円に。発効日も例年通りの10月です。
いわば「教科書通り」の決着といえます。
一方の秋田は、目安の64円をさらに上回る80円の引上げを行い、時給1,031円にしました。
ただし発効日は大きく後ろ倒しにされ、年度末に近いタイミングでの適用となっています。
つまり秋田では、「金額はしっかり上げたけど、適用時期はかなり遅らせる」という調整が行われた
という訳です。
見落とされがちな「いつから」という論点
最低賃金というと、どうしても「いくら上がったか」ばかりが話題になります。しかし現場では、それと同じくらい大事な論点があります。それが「いつから適用されるか」、つまり発効日です。
2025年度は、この発効日の扱いをめぐって、国から異例とも言えるメッセージが出されました。
「発効日を、大幅な引上げを実現するための交渉の道具にしてはいけない」という趣旨の指摘です。
「上げ幅」と「発効の遅れ」を交換する構図
最終的な金額と発効日は、各都道府県の地域審議会で決まります。
ここには労働者側と経営者側の両方が参加し、意見をすり合わせます。
今回問題視されたのは、この話し合いの中で発効日が”取引材料”のように使われていたことです。
イメージとしてはこうです。
労働者側が「もっと上げてほしい」と求める一方、経営者側は「急に人件費が上がると厳しい」と難色を示す。
そこで落としどころとして、「引上げ幅は大きくする代わりに、実際に適用するのは少し先にする」という妥協が生まれたのではないか、というわけです。
実際、2025年度は27の府県で11月以降の発効となり、なかには年明けや年度末まで適用を先送りしたケースもありました。これまでは「発表から30日後の10月発効」が一般的だったことを考えると、かなり異例な広がり方です。
なぜ地方ほどこうなりやすいのか
この傾向は、特に賃金水準が低い地域で目立ちます。理由は2つあります。
1つは、都市部との差を縮めたいという「底上げの圧力」。
もう1つは、中小企業が多く、人件費の急な増加に耐えにくいという「支払い能力の制約」です。
この2つがぶつかると、「金額は上げるけど、適用時期は遅らせる」という調整が、現場では合理的な落としどころに見えてしまうのです。
ただ、これは制度の本来の目的からすると、少し矛盾した状態でもあります。
最低賃金は働く人の生活を守るための仕組みですから、適用が遅れればその分だけ守られるタイミングも遅れてしまうし、その間地域格差は進んでしまいます。
国が釘を刺した理由
今回、国(中央最低賃金審議会)が問題視したのはまさにこの点です。
発効日は本来、企業が準備するための期間や地域の事情を踏まえて決めるべきものであって、「引上げ幅を確保するための取引材料」にすべきではない、という考え方です。発効を遅らせるのであれば、その理由をきちんと説明する必要がある、とも指摘されました。
また、「近くの県より低いのは避けたい」といった横並び意識だけで金額を決めることにも注意が促されています。最低賃金は本来、生計費・賃金水準・企業の支払い能力という法律で定められた基準に基づいて決めるべきものだからです。
10月に向けて、何を見ておくべきか
今年(令和8年度)も、例年どおり10月頃に最低賃金の改定が発表される見込みです。
今の物価や賃金の動向を踏まえると、引上げ幅は50〜70円程度になるのではという見方が出ています。
ただ、これは中央審議会の目安の段階での話であり、実際に各都道府県でどこまで上乗せされるかはこれからの議論次第です。
もう一つ見ておきたいのが、発効日の扱いです。今回取り上げたとおり、発効日を交渉材料として使うことには国から待ったがかかっています。
今年は10月前後への統一が進む可能性があり、2025年度のような「地域によって半年近く差がある」という状況は、ある程度縮まるかもしれません。
ただ、賃上げには準備期間が必要だということも忘れてはいけません。
給与計算システムの設定変更や、就業規則の見直し、資金繰りの調整など、企業側にもやるべきことがあります。
それを考えると、「決まったらすぐ、できるだけ早く適用してほしい」と一概に求めるのも、現実にはなかなか酷な話です。
金額をどこまで引き上げるか、そして発効日をどう設定するか。
今年もこの2つのバランスがどう決着するのか、頭の痛い問題ではあります。
